2009年1月28日 (水)

エチオピアの話

20090127_02_500_2


主に舞鶴の天ぷら(揚げかまぼこ)には、板かまぼこに使われるような白くて弾力のすぐれた魚だけが選ばれるわけではなく、少々色が黒くても味の強い魚が使われたりする。
舞鶴漁港で獲れるいろんな魚をすりみにしてかまぼこを製造しているのであるが、中には正式な名称のわからない魚種や見たことのない魚に出会うこともある。
名前のわからない魚がいるとデジカメで撮影して、地元にある京都大学の水産研究所の益田先生にメールを送って名前を教えていただいている。
今回、その中のひとつを紹介するのだが、この魚の名前をご存知の方は、比較的少ないと思うが、正式名は”シマガツオ”であり、別名”エチオピア”と呼ばれているそうである。
益田先生は市内の料理屋でその”エチオピア”を刺身にしてもらって食べたことがあるそうで、結構脂がのっていけてたそうである。
さて、そのエチオピアであるが、なんでこんな俗称がついているのか不思議に思っていたら、本日の新聞に、京都大学水産実験所の上野さんが『日本海に遊ぶ----エチオピア』というタイトルで書いておられるコラムをたまたま発見した。
以下、非常に興味深かったので、上野先生の投稿文の一部を引用し、紹介させていただきたい。
『世界恐慌の嵐が吹き荒れていた昭和のはじめ、植民地支配をもくろむイタリアの攻撃を受けていたエチオピアは、戦局を乗り切るために日本との友好を深めようとします。当時、有色人種の国はほとんどが欧米の植民地。日本とエチオピアだけが皇室を中心とした独立国だったので、即位したばかりの皇帝ハイレ・セラシュが積極的な対日外交を命じます。この皇帝の名前はローマ、東京と五輪のマラソンを連覇したアベベ選手とセットで記憶している方が多いかもしれませんね。当時の日本は欧米中心の国際連盟で孤立を深めていましたので遠いエチオピアからの友好申し入れを大歓迎。ついにはエチオピア皇子と華族のお嬢さんが婚約するなんて騒ぎになります。エチオピアブームで日本が騒いでいたちょうどその頃、相模湾でシマガツオの大漁が続き、黒くて強そうなこの魚を築地の若い衆がエチオピアと呼び始めたのだそうです。アジアとアフリカを結んだ友情は、こともあろうに日本の裏切りであっけなく潰えてしまいます。日本が占領した満州を認める代わりに、エチオピア侵略を認めろというイタリアの提案にのって日本はイタリアと同盟。日本の後ろ盾をなくしたエチオピアはあっという間に占領されたのです。国や政治家に信義なんか無いってシマガツオの悲しそうな眼は訴えているのかも』

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年12月19日 (金)

失われる日本人の愉しみ

産地偽装、表示偽装……..生産者にとっては、恥ずかしいような事件が多発している昨今ではあるが、そのために消費者が疑心暗鬼になって、真面目に正直に製造しているメーカーにもとばっちりが来ている。
要らぬ不安をあおり、ちょっとしたにおい、味、外観の違いに不安を覚えてメーカーに苦情が来ることが多くなっている。
例外もあるだろうが、食品は、工業製品ではない。例えば、かまぼこについても、その原料が毎日、同じ大きさの、同じ組成の、おなじ鮮度の魚であることはないし、仮にそれらがたとえ同じであったとしても、その日の気温、湿度などの環境は刻々と変化していくものであり、元来その中で、絶えず品質を守ろうと必至になって研究を重ねているのが食品加工メーカーの姿でもあるのだ。
食品加工メーカーは食を通して消費者の安全と安心を守っていく義務がある。反面、消費者も、消費を通じて生産者を守り育てる意識がないといけないのであろう。
 最近、後者の視点がかなり薄れ、消費者と生産者がまるで敵のような対立した関係を呈している姿をみかける。 極端に言えば、消費者は生産者が悪いことをしているのではないか?という疑心暗鬼に陥っている。 
 特に中国産の食品、原料については、日本国民の多くは不信感を抱いているし、実際にそうしたものを店頭にならべても、最近では敬遠する消費者が圧倒的に多くなっている。
 これは、中国の生産者のモラルの問題もあるし、まして毒物を混入させたような食品を生産させてきた政府の責任もあると私は思っているので、ある意味、仕方のないことだと思っている。
 だが、片一方で、半分以上は海外から食品あるいは食品原料を輸入しなければ、この国の消費者の胃袋を満たすことはできないのである。
 この国は食糧危機と隣り合わせの国なのに、なぜか国民は危機感を持っていない。 しかも、安心安全を求めるのはよいがそのためのコストには無関心であり、結局、ほぼ生産者、メーカーだけにそのしわ寄せがいっている構造である。
 消費者を反対から見ると、贅沢は言うが、その贅沢に対応するために苦労している食品メーカーの姿は一切見てくれていないと思わざるを得ないときがある。
 たとえ安全が確認されても、中国のものは要らないとするから、食料供給のために輸入した中国の食品が在庫でたまり、それを金にしないと自らが潰れる業者が、耐えられなくなって産地偽装をしてでも、売ってお金にしたいと思うからこういう事件が多発するともいえる。 
偽装は悪いことであるが、偽装して販売した品物が健康に悪いというわけではないことも多い、日本政府も食料供給という意味では、こうした生産者や食品供給者を追い詰めないでいけるような施索も考えてもらわないといけないだろう。そうすればこういう事件は起らないし、消費者が不信感を強めることもないはずだ。
しかも、こうした生産者を悪人に仕立てあげて、その販売品があたかも毒入り食品のように報道するマスコミの姿も滑稽で見ていられない。
食品を回収して破棄する。…………..これは、メーカーのパフォーマンスとしてはよいのだろうが、地球上の食料資源という観点からは、なんと無駄なことをしているのかと言いたい。 こうしている間にも餓死していく人間が世界にはゴマンといるのに、また、食品の自給率が先進国の中でも最低レベルで、産地が偽装されたというだけで、元来、安全な食品が償却ゴミとなって燃やされてしまう国はどういう国なのだろうか?業者に罪はあっても食品に罪はない!というものまである。
最近、かまぼこでも魚本来の香味を大切にした昔ながらの製品作りをしているのに、変な臭いがすると苦情を言ってくる消費者も多くなってきた。 何かを入れているのでは?とまで疑われてしまい、我々としては「逆に何かをいれて魚の味を消したり、魚以外のものを入れて、素材の味を消して調味料の味だけで楽しめるような加工食品を作ったほうがいいというのか?本来の魚の風味がするかまぼこは美味しいと感じられなくなってきたのか?」と情けない気持ちになることさえある。
日本人が古来大切にしてきた肥えた舌、季節ごとに変化する味や自然をめでる舌は段々と衰退していくのであろうか? 最近、安全、安心の本来の意味が曲解され、食品本来の美味しさとか食の楽しみというものから乖離していっているように思えて仕方がない。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年7月30日 (水)

最近の犯罪の原点は食にあるのでは

最近の無差別殺傷事件が増加しているのをみていると、本当に情けない気持ちになる。増して他人同士の殺し合いだけでなく、親兄弟や、教師と生徒の間でもこうした事件が起っているのを見ているととても辛い。
また、こうした事件がおこると、テレビではいろんなコメンテーターがいろんな角度からその事件を引起こしている背景を述べようとする。そうすると、教育が悪い、親が悪い、マスコミが悪い、社会が悪い、大人が悪い、ゲームが悪い、ケータイが悪い、貧富の差が悪い、政治が悪い、自動販売機が悪い、ファーストフードが悪い、コンビニが悪い.......と悪いことだらけになってしまう。
しかしながら、基本的には私は、この贅沢な暮らしの中に多くの問題が生じてきているのだと思ってしまう。しかも昔の生活と今の生活を比べてみると、家族が揃って何かをするということが減ってきたことが大きな違いであるように思える。 暮らしは今以上に貧しかった私たちの少年時代ではあるが、食事はだいたい家族そろってテーブルを囲んでいろんなことを喋りながら、大皿に盛った家族共通のおかずに箸をのばして、好き嫌いにかかわらず食べていた。 中には嫌いなものもあったが、親に「食べないと頭がよくならないとか元気がでないとか病気になりやすい」とか適当に脅かされてしぶしぶ食べたりしていた。
だから、好きなものも嫌いなものも一応は口にして、その味や香りなどを知ることが出来たのである。その経験は大きく、子供の頃に苦手だったおかずの味でさえ成長とともに、美味しく感じられるようになることも多々あった。
最近では、家族がばらばらの時間に起きてきては好きなものを食べる。しかも、残さず食べる必要もないので、途中で嫌になれば平気で残す。 だからいったん嫌いだと思った食べ物は一切口にしないので、一生嫌いというパターンになる人も多いように思う。 少なくとも食べ物が貴重であった時代には、残さず食べることで食べ物のありがたみを知り、好き嫌いは身体によくないことを親から毎日教育されていたので、今でも、よそへ料理を食べに行き、皿に料理を残すときに罪悪感を感じてしまうのは私だけではないと思う。
「米粒ひとつひとつに神さんがおるんや.....食べ残したら、米の中の神さんのバチがあたる」なんて言われて育った私も子供に同様に言ってはいるが、この飽食時代には子供たちは、小学校、中学校に行き、外の社会を見ると、親の言っていることが作り事のように思えてきてしまうのであろうか、そうした思いはあまり強くないのではないかと思ってしまう。 食べたくないものは無理して食べなくてもいいし、我慢して食べる必要もないし、好きなものを好きなだけ食べて、嫌いなものや飽きたりしたものは残しておけばよいという食生活を送ってきた子供たちは、もうどんな事にでも挑戦することもないし我慢することもしないのではないだろうか。
それだから、そういう子供は会社にはいっても、嫌だなあと感じたら3年もおれずに辞めてしまう。こんな学校嫌だと思えば学校も行かずにひきこもってしまう。 物事を我慢して乗り越えるという訓練が幼い頃からできていないために何か嫌なことにぶち当たると、それを回避することしか考えられない。 人生は幾多の荒波や壁をこえていくことで自らを成長させ、自らの人生を豊かにしていくものなのに、そういったことに対応しようとしないので、いつまでたっても基本的な精神は子供みたいな大人がどんどん増えてきている。
本当は幼い頃から好きなものの味、嫌いなものの味もすべからく広く経験して身体で覚えておくべきなのに、偏った味に執着してしまい。味の豊かな広がりがわからず、結局、栄養学的には貧しい食生活を送らざるを得なくなるのである。 人間も同じで、いろんな個性を持った人が社会を形成しているのであって、単に嫌いなものは捨てるの思想では、”いじめ”社会をなくすることができない。 嫌いなものも飲み込んで、理解あるいは解釈しようという努力みたいなものもできなくなっているんじゃないかと思ってしまう。
うわべだけ、自分にとって都合のよい好きな人だけとおつきあいするから、みんな成長もせず、ただ、浅い友人関係の中で漂うだけだから、食事と同様で、バランスのとれた人間関係を形成することすらできなくなっている。
特に、日本の四季を風味で感じることができなくなったのも、輸入品にたよった加工食品を中心とした食生活が原因となっているのかもしれない。 
私など、夏であれば、あの夏の盛りに真っ黒に日焼けして、氷水の中で冷やしたトマトをそのままかじって、青臭いにおいと共に感じたあの甘み........耳にはセミの声.....そんな思い出がある昔人間であるが、今の子供たちは、夏も冬も同じ味の甘いアイスクリームや年中あるチョコレートやケーキの上にのった季節感のないイチゴを食べて、食品というものは工業製品のようなものだと思ってしまっているのかもしれない。
やっぱり、どんな忙しい時代がきたとしても、食事はなるべく最低限、家族という一つの単位で一緒に同じものを食べることで、季節感を感じ、偏食を避け、食べるということから人生のいろんなことを自然に学んでいくのではないだろうか?子供も親も好き勝手に生きている時代........反省すべき時に来ているのではないだろうか20071116_kama_img

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月 1日 (火)

新・舞鶴かまぼこ手形

舞鶴の名産かまぼこの本物の蒲鉾板で出来たチケットができました。平成20年4月1日より一年中使用ができるようになり、料金は1000円で、舞鶴市内の路線バス、まちなかループバス、おおうらループバスに一日乗り放題ができます。
特典としては、舞鶴引揚記念館、五老スカイタワー、赤れんが博物館の入館料が100円安くなりますし、舞鶴とれとれセンターでのお買い物の際に5%の割引をしてもらえます。舞鶴ふるるファームなどの公営レストランでも、5~10%割引をしてもらえますし、舞鶴自然文化園にて花の種のプレゼントをうけることができます。
舞鶴かまぼこ手形は、京都交通の東西駅前の案内所や、ホテルアマービレ、赤れんが博物館、舞鶴市制記念館で買うことができます。20080401__5

また、そのほかにも、このチケットには東舞鶴、西舞鶴の駅前市営駐車場の駐車券が一日無料になるという特典やスタンプラリーで記念品プレゼントという特典までついています。
三条桟橋から、海軍ゆかりの港めぐりの遊覧船に乗ることもでき、その際にも手形があれば3割引でご利用いただけます。 舞鶴の海、歴史、味、文化を一日楽しみたい方はぜひ、この舞鶴かまぼこ手形を購入してください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年3月 6日 (木)

食料危機の足音が.....。

これまで、日本の物価指数は自分たちの実感以上には数字が上がらずデフレ傾向が続いてきた。。
それゆえに、どちらかというと、我々の給与やボーナスの手取りが減っても、生活に窮するということはなかった。これは食料品などの日常消費するものの値上がりよりも、テレビやパソコンなどのハイテク製品の値下がりが大きかったからだということである。
しかし、中国餃子事件から、海外の食品は安心できないという風潮が広がってはいるものの国産の原料、あるいは国産の加工品でどれくらい国民の需要に応じられるのかを考えた場合、それは、あくまで消費者の勝手であって、現実は海外から食品を輸入しなければ、国民のお腹をみたすことはできない。 
日本の食料自給率が低いことは、もうずいぶん前から知らされてきているし、かまぼこの原料であるすりみでさえ、もはや国産比率を自給率というなら、すでに日本の食料の平均自給率よりもさらに低い数字になっていることを知っている。
優秀な工業製品を輸出して極端な円安シフトのなかで外貨をかせぎ、その金で世界中から食料を買ってきた日本には、まったく危機感がなかったように思える。
今年は中国でも大雪で大変な被害がでていて、大豆などの大規模な輸入を検討しているというし、EUなどはすでに関税を撤廃してまでも食料確保に必死に動いているようである。
人口の増加と所得の向上があいまって新興国、途上国では食料需要がどんどん高まっている中で、食料生産のほうは、中国の例をみてもわかるように、地球規模での異常気象(地球温暖化とイコールなのかどうかわからないが)による不作が起こっているし、一方ではトウモロコシなど食料品をエタノールなどの燃料生産に向けるというような対策がとられたりしていることを考えると、益々食料の需給バランスが崩れ、食料インフレをひきおこしていく可能性を高めている。
おかしなことに先進国の中で、食料自給率39%と圧倒的に低い日本では、今だに将来を見据えた対策なり方針なりが示されていない。
われわれは、元々日本が元祖であった”すりみ”という生産資源あるいは生産技術を保護することもなく海外に譲り渡してしまった結果、一時はよかった面も多かったが、こうして、世界の食料資源の奪い合いの渦に巻き込まれてしまっている。
もう、そこまで伝統のある蒲鉾業界は世界のすりみ生産国に首根っこを押さえられているのだということを銘記すべきである。
地道なところから、少しは自給率を増やそうという動きも必要なのではないか。少しの庭で野菜を育ててみようとかいうレベル.......少しは地元の魚を使ってかまぼこを造ってみようというのがそれにあたるのかどうか?じゃあ、すりみにするだけの魚の量と種類が国内の漁港にあるのかどうかといわれると、あるという自信もないのだが。
これから、どれだけ国内、いや世界中で食料インフレが起こるのかは不明であるが、このままでは、日本の多くの食品産業は、自国消費に応えるために原料の輸出はできませんよと外国から言われたら、なすすべもなく、明日から仕事ができなくなるという脆い実態も抱えているのだという危機感も持ち合わせておくべきではないだろうか。

Kama_img_39

| | コメント (3) | トラックバック (2)

2007年12月23日 (日)

食品偽装と問題点

Kama_ig_20_2
今年は、食品業界ではお菓子、食肉、高級料亭、百貨店など老舗といわれるブランドの信用が雪崩のように崩れ落ちるような偽装事件が多発し、清水寺の森館長が筆で書かれる今年の漢字一文字は偽(いつわり)であった。
消費者のニーズに応えるためには、メーカーはなんでもしなくてはならないというような風潮があるのも問題であるが、逆に売るためには多少のごまかしをしても仕方ないというような風潮が広まってきていたのではないかと思われる。(まあ、事件の内容は悪質なものも多かったが)
ただ、食品の表示については、偽装といわれる悪質なものもある一方、生産者側が法律を良く知らないということから、不当表示、あるいはまちがった表示をしている例もたくさん見受けられる。 
 メーカーがきっちりと法規を勉強して、自社の製品の表示に不備がないように気をつけるのが当たり前であると消費者の方々は思っておられるかもしれないが、私はその意見にすべて賛成ということができない。
 昔は、表示等については最寄りの保健所などの監督官庁に相談にいけば、法律にそった正しい表示がどのようなものであるかを把握することができたが、現在では、表示ひとつについても、厚生省、農水省、経済産業省…….といろんな省庁で個別に法規が決められているし、また、国だけでなく、各都道府県、あるいは市単位でも個別に条例を決めているところもあり、たいへんややこしいものになっている。
しかも、それぞれの法規についての窓口が違うために、表示の件について、全部を相談できる窓口は一つもないのが現状である。 これでは、地域の小さな食品製造者は製品の表示に関してどこへどんな相談にいけばいいのかさえわからないのが現実である。
 私は現在、京都府知事から委嘱をうけて、京都府衛生推進員というボランティアに近い活動をさせていただいているが、特にかまぼこ業界以外の食品の表示ということになると私でさえ、相談を受けた場合に、完全には答えきれないし、保健所や地域自治体の担当課に問い合わせても、100%確信のもてる返事をいただけない場合も多いのが現実である。
 縦割り行政の机上でつくった法規の乱発をすればそれで仕事がおわったわけではない。むしろ、それをきっちりと遵守するように末端まで丁寧に指導していくことのほうが重要である。
何か事件が起きないと動かない行政というものに逆に振り回されている我々生産者の立場を理解し、この際、きっちりとした食品表示の一元管理、指導のできる組織を作っていくべきであると思う。 だが、こういうことを言うと、私が天下り先の組織を作りたい人間であるかのように勘違いされる恐れがあるので、それは完全否定しておきたい。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年11月16日 (金)

かまぼことおせちの話

Kama_img_37
おせちの起源とその意味
1年に5つの節句を持つ日本の暦。その日は神様にお供えをし、家族揃って節振舞にあずかる。これがおせちの始まりとなり、今はお正月の料理をおせちと呼ぶようになったそうである。ちなみに5つの節句とは1月7日の人日、3月3日の上巳、5月5日の端午、7月7日の七夕、9月9日の重陽を指す。おせちは五穀豊穣を願い、家族の安全と健康、子孫繁栄の祈りを込めて、縁起のよい食材の名にこと寄せ、海の幸、山の幸を豊かに盛り込んだもの。 おせちは昔から五法、五味、5色をバランスよく取り入れて作るのがよいとされた。
つまり、日本人は古くからバランスのとれた食生活がいかに人間の健康に必要であるかを知っていたことになる。おせちの中に入っている食品にはそれぞれ栄養学的に優れているだけでなく、いろんな願いをこめた意味がある。それらを代表的なおせちの材料を列挙して説明しておきたい。
------------------
■紅白かまぼこ
紅は「慶び」、白は「神聖」を表すのは、日本のみならず、東アジアやインドネシアにも残る風習。紅白と互い違いにし、両端には紅がくるようにお重に詰める。

錦玉子
黄身と白身の二色が美しい錦玉子は、その二色が金・銀にたとえられ、正月料理としてよろこばれる。また、「二色」を「錦」と語呂合わせしているともいわれる。
■伊達巻
お正月には巻物がよく出ている。昔の人は、大切な文書は巻物に装丁し、家宝にした。伊達巻の起源は江戸時代、長崎に広まった卓袱(しっぽく)料理の中の「カステラかまぼこ」。
■黒豆
「まめ」とは元来、丈夫、健康を意味する言葉で、健康長寿の願いが込められている。植物性のタンパク源として栄養価も高い食材。
■田作り
豊作を願い、小魚を田に肥料としてまいたことから名付けられた。五穀豊穣の願いが込められている。小さなカタクチイワシを焼いて、甘辛く味付けしたもの。
■数の子
ニ親(にしん)から多くの子が生まれることにかけた縁起物として、古くからのおせちの一品。昔はどこでも入手できたが、今では貴重で高価なものとなり「黄色いダイヤ」とも呼ばれる。
■栗きんとん
「金団」と書いてきんとん。黄金色に輝く財宝に見立て、「今年も豊かな一年でありますように」との願いが込められている。また、「勝ち栗」という言葉があるように、栗そのものが昔から縁起のよい食べ物として尊ばれてきた。
■昆布巻
「よろこぶ」にかけて、お祝いの食卓に欠かせない昆布。錦飾りにも使われる。健康長寿が得られるといわれる。実際、昆布は繊維やミネラルをたっぷり含んだ健康食品
■結び昆布
結びは「睦(むつみ)」にたとえられる。結び目を上にしてお重に詰める。
■紅白なます
最近は人参と大根だけで作られるようになったが、昔は必ず生の魚介を加えたことから、この名がついた。大根どきの医者いらず、といわれるように、栄養面にも優れた一品
■菊花かぶ
大根もかぶも冬が旬。お正月の頃いちばん美味しく、ジアスターゼが豊富な野菜。おめでたい菊の形に飾り切りし、酢のものに仕立てる。
■酢ばす
穴のあいたレンコンは、「先の見通しがたつ」という意味で、やはりおめでたい食べ物とされている。中国では漢方薬として珍重されているらしい。酢は食欲増進効果がある。
■小肌栗漬
小肌は「コノシロ」という魚の成魚になる前の名前。出世魚なので縁起のよい食べ物とされている。小肌栗漬は小肌の切り身を蒸した栗と一緒に酢漬けしたもの。栗はクチナシで鮮やかな黄色に染めている。栗は五穀豊穣を願ったものだが、防腐効果もあるという昔の人の知恵も隠されている。
■酢だこ
紅白の色合いがめでたさを感じさせる。お酢には消化促進、防腐効果など、すぐれた効果がある。
■鬼がら焼
「長いひげを生やし、腰が曲がるまで長生きするように」と、海老もお祝いの席に欠かせない食べ物。穀も頭もそのまま、つけ焼きにしたのが「鬼がら焼」
■ごぼう(穴子八幡巻)
細く長く地中に根を張るごぼうには一年間しっかりがんばりましょう、との願いが込められている。穴子のやわらかさと、ごぼの歯ごたえの組合せを楽しむ八幡巻は、ごぼうの産地八幡に名を借りたもの。お正月らしい巻物料理
(紀文おせち百科を一部引用、掲載させていただいています。)
舞鶴かまぼこのサイトはこちら

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年11月14日 (水)

歴史文献にみるかまぼこ

歴史の文献の中で当時のかまぼこのことをうかがい知ることのできる代表的なものを列挙してみた。
--------------------------------------
Img02
1115年 (永久 3年) 類聚雑要抄 平安後期に書かれたもので、 関白右大臣東三條へ移御の祝宴の膳が図解されていて、現在残っているものの中では最古の記述がある。
------------------
1528年(大永 8年) 宋五大双紙 室町時代(戦国時代)に書かれたもので、「 かまぼこはなまず本なり、蒲の穂をにせたるものなり...」と原料と形態についての記述がある。
-------------------
1643年 (寛永20年) 料理物語 江戸前期に書かれたもので、 かまぼこ原料として、たい、はも、たこ、いか、かれい、えび、こち、あじ、みょうきち(ぼら)、いとより、くずな(アマダイ)、しろうお、アワビ、川魚では、みごい、鮭、鯰をあげている。
-------------------
1695年 (元禄 8年) 本朝食鑑 江戸中期に書かれたもので、 鯰(なまず)でつくった蒲鉾は下品で品質もあまりよくない。したがってハレの席には出すべきでないとの記述もあるとか...。
西暦1714年の当流改正料理大全という書物にも同様の記述があるらしい
-------------------
1728年(享保13年) 料理網目調味抄 江戸中期に書かれたもので「近代杉の板よし。魚、はむよし。勢州より東ははむなきところはたひ、かれひ、あまだひ、藻魚等の諸魚2,3種にいかを交え用ふ。たひは中なるよし。」と原料に当時どういう魚が使われていたかを知ることが出来る。
-------------------
1743年(寛保 3年) 本朝世事談議 江戸中期に書かれたもので「魚肉を磨りて細き竹に塗りこれを焼く、そのかたち蒲の穂にたゆるゆへに名付け、今竹輪といふなり、近世は小板に貼ずといへども昔の名を呼ぶなり」とかまぼことちくわの名前についての由来を記しているものがある。
-------------------
1752年(宝暦 2年) 摂戦実録大全 江戸中期に書かれたものには、豊臣秀頼公が大阪へ御帰城のとき、途中で馳走をしたと記され今の板蒲鉾の製造法が載っている。(安土桃山時代には、すでに板つけかまぼこが存在したものと窺える記述がある)
-------------------
1795年(寛政 7年) 海鰻百珍 江戸後期に書かれたものには南朝の初期につみいれがあったと記されている。
-------------------
1843年(天保14年) 貞丈雑記 江戸後期に「蒲の字、カマとすみて読むことなり。田舎びとはガマとにごりていふなり。」と書かれ、地方、下級階層ではカマボコは”ガマボコ”と呼ばれていたらしいことがわかる。
-------------------
1951年 (昭和26年) 人間の歴史 昭和中期 安田徳太郎 大和民族の祖先はビルマ方面(ビルマと書かれているのは現在のミャンマーのことであるが)から移住してきた南方民族であることを強調。ビルマ人の風俗、風貌、食生活に共通の点があり、蒲鉾類似の食品も昔からつくられてきたと記述。
舞鶴かまぼこのサイトはこちら

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«かまぼこの原料、平成、そしてこれから