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2007年8月28日 (火)

足るを知れ!

(MCEI 2003年末 百人百語に投稿した原稿である。)
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私が生まれてきてから、最近のように右肩下がりの経済がこれほど長期にわたって続いた経験はなかった。 だが、幸いにして、未だに生活を圧迫されているような実感はない。
 今日よりも明日、今年よりも来年、すべてのものが便利になり、生活水準が永遠によくなり続けると信じて疑わなかった高度成長期の中で育ってきた私たちは、現在、親の世代の頃とは比較にならないほど便利で豊かな生活を送っている。しかし、脳裏には今よりもずっと不便だったはずの当時のローカルでセピア色をした光景が残っており、今のように至れり尽せりではなかったが、色んな温かみのある時代だったように感じる。
 勢い余って、大切なターニングポイントを、通り過ぎてきてしまった我々が、少しだけスローダウンして、その場所にもどってみる勇気も必要になってきているのではないだろうか? 異常な社会犯罪の多発などの社会現象をそれに関連づけるのは間違いかもしれないが、ふとそんなことを考えた。

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グルメ時代の矛盾

(MCEI 2004年末 百人百語に投稿した原稿である。)
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最近、通信販売でもネット販売でも、食品の場合は、商品に多かれ少なかれこだわりをもっていなければ勝負にならない。
 しかし、資源の希薄な日本という国土で、原料にこだわるということになれば、希少な価値のある素材を争って高値で買取らねばならないし、そうした原料を使用した製品は高価になるのが必然である。 かたや、日常の商品は、デフレ傾向の中で、コスト意識のかたまりのような商品ばかりになっているという2面性をもっている。
 いずれにしても、生産過剰の状態がこれからも続くと思われる現状では、地産地消というあたりまえの食べ物の流通が通販であったり仮想店舗であったりと、新たな技術でもって、地産他消(地元でつくったものが他の地域で食べられる)になっていたりするのを見ていると、便利な反面、益々生産者の顔が見えなくなり、物流コストばかりをお腹に入れてゆかねばならないのかと思うと複雑である。
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人口の減少問題とかまぼこ

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(MCEI 2005年末 百人百語に投稿した原稿である)
日本の人口構成は益々高齢少子化しており、人口そのものも減り始めてくる。
 伝統食品である蒲鉾を製造販売している我々にとっては予測されていたこととはいえ、非常に厳しい展開と言わざるを得ない。  当地でも人口動態に合わせて?廃業が続き、残った会社がなんとかやってゆけるという状況下にある。 一歩、地域を抜け出て都会に営業に出れば、全国規模の量販組織に買い叩かれ、海外に出ても、すでに世界中で練製品の現地生産がおこなわれ、商売としての妙味に欠ける。(日本をのぞく海外の練製品需要は右肩上がりの状態であるが)
 その中で、大量生産でないが、地域に密着し地道に利益をあげ続けている会社も多い。
 こうした元気な会社を見ていると、今の顧客をより大切にし、リピートを増やす以外に方法がないように思える。

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日本の食品産業は

(2006年末にMCEI 百人百語に投稿した原稿)
今、国内需要のみを頼りとし、我々が属しているような伝統的食品産業の衰退は著しく、もはや斜陽というべき状態で、生産量、生産者の数、出荷金額、消費量どれをとっても右肩下がりで、限られた市場を奪い合って生きている。 海外に販路のある企業は元気なものが多いが、内需型の伝統食品工業の多くは、どちらかというと企業の淘汰や整理を経ながらじっと我慢を重ねている状態である。
日本人のすばらしい英知でもって海外で稼いだ金で、世界から不足する資源を買い集め、物質的には世界一の豊かさを誇る国となっているわが国であるが、近年の世界での食糧、エネルギー資源の囲い込みの激しさを見ていると、日本はこれから大変な時代を迎えることになるのではないかと危惧する。
 家の裏の畑でも耕して、農作物の作り方でも勉強しておいたほうが将来、得策なのではあるまいかとさえ思うことがしばしばである。
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生産者が見えない日本人は.....。

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食料自給率は低く、さしたる鉱物資源があるわけでもない。まして世界有数の借金国でありながら、豊富な国民の貯蓄を担保に、どんどん税金を使って損をしても誰も罪人にならない国、日本では、平和を建前に自分の国は自分で守るという気概さえ持たず、どうなるかわからない外国の軍隊による擁護を期待したり、仕事はしたいけど、しんどいのは嫌というような勝手な人間が増えている。困難には敢えて立ち向かわないという卑怯な考えが、美化されているような風潮を打破しないといけない。
自然の中で妥協を許されない環境で、働いている生産者にも目をむけ、天の恵みや自然に感謝して生きてくことを忘れてはならない。日本人はもっと人間の生命の根源的な部分である創造と開発等にもっと関心を寄せないといけない時期に来ている。マネーゲームだけに呆けるのはよくない。日本は技術と能力で世界に貢献して、食べさせていただく美しい国をめざさないといけないのだと思っている。

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「かまぼこの街・舞鶴」の看板

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平成19年8月現在、JR西舞鶴駅を降りると、駅の2階通路から駅正面のビルの上に「かまぼこの街・舞鶴」と書いた看板が目につきます。 この看板は、すでに初代からは30年近い歳月がたち、何回か古くなってやり直してきておりますが、近年、舞鶴市が駅とこのビルの間に構築物や樹木を建ててしまい、駅を降りてからしばらくは、その影になって見えなくなってきました。 
前の市長時代に建てられた「看板を見えなくした櫓の時計台」も、毎日、正午と午後5時に太鼓の音と舞鶴音頭がながれるようになっていますが、その下の台のような場所は、周りを木に囲まれ、タクシーがその足元に駐車している以外は誰も利用しない妙な空間になってしまっています。  年間100万円以上も広告宣伝の費用を使ってこの看板を出し続けてきたのに、このような状態では、もうすでに役目は終わってしまったのかもしれないと思う日々が続いています。(本当に行政も地元産業にたいして無神経なところがありました。)
以前は、この看板が駅のあらゆる場所から、非常によく見えたおかげで、「かまぼこの街と書いてあるのに、駅前にかまぼこが売ってある店がないじゃないか」と何度もいろんな方々からご指摘を受けたのもなつかしい思い出となりました。(現在は、道路沿いにとれとれセンターなどの販売施設がたくさん出来ています。)
それでも、長い間、駅前のシンボル看板として、多くの人に見ていただき、舞鶴の名産品が”かまぼこ”なんだということを認識していただいたと思っています。 この看板を下ろす時は、舞鶴市民に対しては市民に愛されてきた”舞鶴かまぼこ”の火が消えるなんて寂しい思いをさせないように慎重にしなくてはいけないと思っています。
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かまぼこの着色料

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着色も、当方では一番多く使っているのがピンク系です。そのほかには、法事用の商品によく使うのが若草色です。その他にも黄色や青色などの食用色素が使われますが、舞鶴地区では、あまり使われていません。
ピンク系の色は、着色料として赤色3号(別名:エリスロシン)赤色106号(別名:アシッドレッド)がよく使われます。その他に、最近では、赤系統は天然物としてリコピン(トマト色素)、モナスカラー(紅麹色素)、コチニール(エンジ虫抽出)も使われていますが、概して前者と比べると色合いもさえなかったり、光に弱い(色落ちが早い)などの欠点があるものがあって、限られた商品にだけ使っています。
法事用の若草色は、黄色4号(タートラジン)、青色1号(ブリリアントブルー)の混合物を使用しています。
製品によっては、使用法も色々で、板かまぼこの色板では、上塗りのスリミに混ぜますし、カニ蒲鉾などのように、上から塗るものもあります。 また、直接可食部分ではなく、「かに物語」のように甲羅に色をつける場合もあります。
色素については、よろず研究室だよりに詳しく掲載しているものもありますので、ご参考に!
尚、近年、極端に着色料を嫌う消費者もおられますので、そういう方には色板でなく、白板か焼板をお勧めしております。 しかしながら、概して着色料というものは昔から、食を愉しみ、食欲をそそらせるためにも役立ち、時には慶事のめでたさを表現したり、弔意を表現したりする役割があり、安全性が認められているものだけを使用していますので、気にしていただく必要はございません。

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かまぼこの賞味期限

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消費期限』とは決められた方法で保存した場合(冷蔵など)、安全に食べることができる期限を表します。 製造日を含めて5日間程度の比較的品質劣化のスピードの早い食品に表示されています。 一方『賞味期限』とは、決められた方法で保存した場合(常温など)、品質が保持され、おいしく食べることができる期限を表します。
よく『期限表示を一日でも過ぎたら食べられませんか?』という質問を耳にすることがありますが、消費期限は、たしかに弁当や惣菜、サンドイッチなどといった品質劣化が速い食品に表示されているので、この期間をすぎたものを食べると、食中毒などの健康被害が発生するおそれがあります。一方『賞味期限』は清涼飲料水、ヨーグルト、冷凍食品など、品質の劣化がゆるやかな食品に表示されます。 これらは、期限を一日過ぎてしまったからといって、すぐに食べられなくなるわけではなく、食品の製造業者もある程度の余裕をもって設定している場合が多いようです。
ただ、注意しなければいけないのは、『消費期限』も『賞味期限』も決められた保存方法で保存した場合の期限ですので、この保存条件を守ることが前提です。
増して、商品を開封してからは、劣化が早まりますので、開封後は早めに消費することが身の安全を守る上で重要なことです。
かまぼこについては、冷蔵(10℃以下)の条件での賞味期限表示をしております。 この条件で保管しておれば、賞味期限をすぎてもすぐに健康に害を及ぼすような劣化が起こっていることはまず考えられませんので、あくまで、めやすとして考えていただければ結構です。
でも、生鮮食品であり、購入後はなるべく新鮮なうちに召し上がっていただくことが最善であることは言うまでもありません。
かまぼこは、食中毒菌が死滅する80℃-2分以上の加熱殺菌をして製造されているので、開封して放置したりしなければ、食中毒をおこす可能性は極めて低い食品です。
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2007年8月23日 (木)

かまぼこは塩分が多いのか?

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舞鶴かまぼこの塩分は100gあたり1.8グラムくらいが平均だと思います。 
学校給食に出されている食パンの塩分が1.3グラム、うどんで2.5グラムくらいですから、他の食品に比べて、塩分が特に高いということはありません。
しかも、塩分のナトリウム摂取が高血圧の原因だなどとは、どの科学者も言っていないのです。
疫学的調査で、よくひきあいに出されるのが、ブラジルのヤノマモ族の情報でしょう。 この部族は一日の塩分摂取量が1グラム以下で、血圧が低く、高血圧は一人もいません。 血圧は普通、年齢を重ねるにつれて上昇するものですが、この種族は血圧があがりません。このため、食塩を摂らなければ、血圧はあがらないとの引き合いに出されます。 しかし、食塩摂取量が5グラム以上の部族で見ると、食塩摂取と高血圧の頻度は関係ないことがわかっています。
減塩したからといって血圧がさがるわけではない。むしろ、食塩制限が本当に安全かどうか、考えなくてはいけません。危険な要素としてレニン.アンジオテンシン.アルドステロン系がフルに稼動している点。 この系はナトリウムを制限したり脱水を起こしたときなど、いざというときのために働くシステムで、それが食塩を制限した場合フルに稼動しているわけです。 このような場合、脱水が起きた場合、出血がおきた場合、どうやって防止するのでしょう。
第二点はアンジオテンシンそのものが長いこと働いていると、臓器障害が起こる可能性があるほか、交感神経系の緊張、食塩制限に伴う栄養のアンバランスを引き起こします。
さきほどの、ヤノマモ族の寿命は40歳から50歳で非常に短命で、高血圧はないが早死にしてしまいます。
それから、腎機能の適応力がなくなっている高齢者で、ナトリウム制限をすることはナトリウム欠乏を起こす危険性が高いのです。
塩分のナトリウム摂取が高血圧の原因であるという報告はどこにもありません。 極端な食塩制限は極めて危険であり、減塩ではなく、適正な食塩摂取、すなわち適塩することがのぞましいのです。
(お話は、前自治大学副学長の今井正氏の講演から引用させていただきました)

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2007年8月21日 (火)

懸賞論文 その10

(前号より続く)
平成12年度全国商工中金の懸賞論文(組合の活性化をテーマにしたもの)に私が応募して見事、金賞に輝いた論文の一節である。


組合職員の起業家精神...... これから

これからも、 新しいことに挑戦してゆかねばならないが、 職員の起業家精神を失わないようにしてゆくために、 それぞれの自分たちの立ち上げた事業に責任をもって取り組んでゆくようにしなければならない。
しかも、 これらの精神を引き継ぐためには、 職員はやはり組合員の方を向いて業務をしてゆかねばならない。
「組合員さんの喜ぶことをしてあげたい。」 「お役に立ちたい。」.... それが原点にあって、 これらの事業はできあがっていったのであって、 単に何か新しいことをやって儲けようという所から出発しているのではないということを銘記すべきである。
これから、 時代は変わり、 組合組織もできあがった当初の姿からは大きく変貌してゆくに違いないが、 組合員のニーズはあくまでも潜在的なものであり、 今、 表に出ているニーズが本当のニーズではない場合の方が多いことを認識し、 職員は、 その潜在的ニーズの先取り (なんだか具現化出来ないが、 将来困ることだとか、 将来やらなければならなくなること) には、 敏感であらねばならないと思っている。
これからも職員は組合員に仕事をやらされる..... という感覚では駄目だと思う。
起業家精神は、 これからも、 失敗をおそれず、 毎日、 問題意識を持ち、 信じた事を勇猛果敢に実行してゆく職員がいる限り失われることはないだろう。
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懸賞論文 その9

(前号より続く)
平成12年度全国商工中金の懸賞論文(組合の活性化をテーマにしたもの)に私が応募して見事、金賞に輝いた論文の一節である。

組合職員の起業家精神...... 異業種との連携ネットを形成する。 Shop-maizuru.com

世もIT革命の時代に突入しているわけであるが、 インターネットが新聞紙上に出回った頃、 職員はこれに着目し、 96 年には自らの力で会社のホームページを作成する為に当時、 半分自費で自主的に大阪まで勉強に行くようになった。
しかし、 ネット上で商品の受注をするまでには、 社会的なインフラ整備と、 ネット機器の普及、 ネット人口の成長過渡期であり、 将来に対する投資という意味あいが強いのは事実である。
ホームページもここ舞鶴の地域ではいち早く立ち上げることが出来たが、 広告宣伝の意味あいだけが残るだけで、 途中で何のために費用をかけているのかわからなくなった。
現在では、 楽天市場などの新しいネットシステムで物が売られるようになったが、 全国の物産の中に出店してみても依然として、 地方の零細の組合の名前は、 なかなか人の関心をひくまでに至らないし、 アクセスの数もまともに見込めない現実につきあたった。
また、 いろんな維持管理に対する経費負担あるいは、 限られた職員の業務の配置にしても、 零細の体力では維持できないことから、 自分たちで、 地方の異業種を集めて、 小さなインターネットショッピングモールをつくることにしたのである。
サイトのネーミングも地方の特産品市場であることを特徴づけるために、 舞鶴の方言である 「ちゃった」 を活用して 『ちゃった Web 市場』 と名付け、 現在、 他のパンフや通販のカタログ、 広告などと連携しながら、 サイトのPRを実施しているところである。
これなども職員の起業家精神と夢をのせた新しい事業のはじまりである。
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懸賞論文 その8

(前号より続く)

平成12年度全国商工中金の懸賞論文(組合の活性化をテーマにしたもの)に私が応募して見事、金賞に輝いた論文の一節である。

職員の起業家精神..... 小さな通販 「ふるさと舞鶴便」 の立ち上げ

舞鶴のかまぼこは、 今でも、 ぐち、 とびうお、 太刀魚、 鰯など鮮魚を生すり身に加工して、 それを冷凍すりみと混ぜることで、 伝統の味を維持してきているわけであり、 それが冷凍すりみオンリーで蒲鉾造りをしている他産地との味の違いとなっている。
しかしながら、 年々、 その生すりみを製造するための原料魚は少なく高価になってきているため、 大手の生産者と量販店が形成してしまった低価格市場にはとても対応ができなくなってきていた。
高品質のもの、 美味しいものをよりすぐって販売してくださる小売店 (例:いかりスーパーさんなど) との取引も出来ていったが、 全体的には、 美味しいものを造っても、 売る場がどんどん狭められてゆく中では従来の共同販売だけでは限界さえ感じられるようになった。
また、 舞鶴市民のお土産ナンバーワンの座を占めている 「かまぼこ」 としても、 市民の力だけに頼っているだけでは、 いずれじり貧状態になってくることも予測されたので、 自ら固定客作り (ファン作り) をしてゆくための仕組みがどうしても必要であった。
そこで、 平成6年度に職員と組合青年部を中心として、 将来像を描く為に京都府中小企業団体中央会より 「活路開拓ビジョン調査事業」 の助成制度を利用させていただき、 組合員の意識調査や、 消費者のニーズ調査、 それにダイレクトマーケティングの可能性についての調査を行い、 地域の通販を立ち上げる構想を立てた。
翌年の平成7年度には、 それを実現化させる為に 「活路開拓ビジョン実現化事業」 の助成制度を活用し、 はじめて、 職員と青年部による通信販売カタログを作成した。
しかし、 年末になる前にどうしてもパソコン無しでは事業ができないと思い、 組合員に通販システムに投資をしてほしいと提案し、 組合員を説得し、 しぶしぶ許可してもらって、 たった1ヶ月の間に地域の高等学校卒業名簿を数千名分入力し、 パソコン操作を学習しながら、 本番突入という猛スピードで事業化を始めた。
注文がこなかったらどうしよう!?パンフレット代は?DM の郵送費は?パソコンのハード、 ソフトの費用は?またあらかじめ準備しなければならなかった包装材料費は?...... この事業を起業家精神で提案した職員にとっても、 まさに大きなリスクを抱えての出発であった。
通販事業を始めた年の冬は、 運悪く年末の需要期に大雪が降り、 運送便 (当時はヤマト運輸) も完全にストップ状態となり、 顧客からのたくさんの電話の問い合わせ、 クレームに対応しなければならず、 ただでさえ従来業務で忙しい年末に、 通販事業をやりながら現状人員で乗り切らねばならなかった当時は、 どうなることかと思ったりもしたが、 最初からこういう切迫した経験をしたことで、 職員の中に緊張感と連帯感が生まれた。
おかげさまで、 それから通販事業も今年は5年目になるが、 その間、 一度も売上げを落とすことなく右肩上がりで推移している。
組合員さんのニーズ..... という正面からの取組みをしても成功するケースは少なく、 やればニーズにもなる種 (シーズ) を育てることの方がよほど大切であることを痛感した。
組合職員の企業家精神は、 小さな通販事業を立ち上げ、 健闘している。
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懸賞論文 その7

(前号より続く)
平成12年度全国商工中金の懸賞論文(組合の活性化をテーマにしたもの)に私が応募して見事、金賞に輝いた論文の一節である。

職員の起業家精神..... 小さな印刷所をつくる

食品衛生法など、 今までの国内基準から国際化に沿って、 その表示方法などの取り決めが猫の目のように変化してゆく中で、 古い表示の包装資材は廃棄してゆかねばならない。
中小企業の組合員にとっては、 そのロスも馬鹿にできないくらいの金額になってきているのを見て、 組合員さんが在庫をもたずに商品のレッテルを供給できないだろうかという職員の起業家精神がわき上がった。
早速、 当時、 ラベル発行機械メーカー数社に頼んで組合までデモ機を持ってきてもらったり、 こちらから職員が機械メーカーへ視察に行ったりという活動を始めた。
その中で、 汎用性のある (オリジナルソフトが組める) ものを見つけ、 これを組合で購入し、 組合員の生産量に見合う分を発行してゆくことで、 組合員さんはシール、 レッテルなどの在庫の必要なくなり、 いざと言えば、 午後製造する商品のレッテルをその日の午前中に注文数だけ発行して届けることができる。
このことから、 組合の狭い事務所にラベル発行機を置いて、 小さな印刷屋さんを始めることにした。
初期の機械とソフトはスピードを優先するあまり、 MS-DOS 対応のものではなく扱いにくいものであったが、 組合員の反応は上々で、 しかも、 員外の水産加工メーカーからも口コミで利用が広がり、 ピークには年 80 万枚を発行するようになった。
数年経過して、 さらに、 フレキシブルな印刷に対応してゆくための新たな機械を導入するようになったが、 そのときは、 購入に際し組合員の反対は全く無く、 しかも購入して2年で機械の購入代金が回収できるというありがたい状況となった。
これなど、 組合員の困っていることを何とか解決したいという職員の愛情と、 熱意と小さな起業家精神が発揮された一例である。
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懸賞論文 その6

(前号より続く)
平成12年度全国商工中金の懸賞論文(組合の活性化をテーマにしたもの)に私が応募して見事、金賞に輝いた論文の一節である。

組合職員の企業家精神..... 組合調味料MK-Cの開発

昭和 60 年度に京都府中小企業団体中央会の助成事業で 「舞鶴蒲鉾需要拡大懇談会」 を開催し、 舞鶴蒲鉾の需要拡大をいかにするかを話し合っている最中に、 招待した著名な先生から 「原料が高いということが競争力を無くしている。 だったら、 少しでも見かけの原料費を下げる努力をしたらどうか、 たとえば、 鮮魚から身を取り除いたあとの廃棄物を利用して調味料をつくるだとか有用物質を抽出するだとか.....」 というアドバイスをいただいた。
そのことが気になり、 翌年には実際に調味料を造ってみようという職員の起業家精神がわき起こった。 魚の残滓を煮るための鍋、 大型のガス放熱器、 取引会社から攪拌機を借りる.... などしての実験が早速はじまった。
何日か専門業者の方を舞鶴に拉致して、 その方たちと徹夜で実験を繰り返したが、 夏場に実験をしたためかどうしても温度コントロールが難しく、 実験中の鍋のいくつかはメタン発酵して、 とんでもない臭気を発生してしまったりで失敗の連続であった。
何回か、 試験を繰り返した後、 やっと抽出、 酵素分解した液を大阪の協力会社にトラックで送り込み、 そこで、 濃縮、 調整していただき、 当組合に試作品として入ってきたサンプルに指をつっこんで舐めてみたとき、 直感的にこれは使えると思った。
しかしながら、 実際にこの事業を進めてゆく上で、 自前でやるとなると、 プラントの設備そのものは驚くような金額ではなかったが、 最も大切な温度をコントロールをするための投資は、 当組合の投資の範囲を超えている事を知った。
俄然やる気になっていた私は、 半年の苦労が水の泡に終わったと一時は肩を落とした。 しかし、 3ヶ月ほどして、 懇談会でアドバイスをしてくださった先生が、 突然、 当組合に来られ、 実際のプラントで組合から出た廃棄物 (骨、 皮、 頭など) を調味料にしてくれるところが見つかったという朗報を伝えてくださった。
速攻、 飛行機で石巻の A 社に試験に飛んだ。 この後の経緯は長くなるので、 ここでは書かないが、 その後、 先生のお力添えを受けて、 組合からでた廃棄物を組合のノウハウ通りに大企業のプラントで調味料にしてもらうことが可能になったのである。
しかも、 できあがった調味料は天然物で安全で、 組合員からは高い評価を受け、 現在では、 天然調味料の中で最も使用量の多い副原料にまで育っている。
かまぼこの原料である鮮魚の廃棄物から抽出した調味エキスを再度、 かまぼこに添加するという創意工夫に関して、 発案した職員として私が平成5年に京都府知事より京都府発明等功労者賞を受賞した。
ちなみに、 MK-Cの名前は (Maizuru Kamaboko Coop) の頭文字をとって命名したものである。
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懸賞論文 その5

(前号より続く)
平成12年度全国商工中金の懸賞論文(組合の活性化をテーマにしたもの)に私が応募して見事、金賞に輝いた論文の一節である。

組合員の近代化のために.... 共同加工施設をつくる。

舞鶴のかまぼこの特徴は、 冷凍すり身 (昭和 40 年代に開発され、 現在では全国のかまぼこ製造業者が使用している) だけを使うのではなく、 生の鮮魚を毎日加工して、 かまぼこに練り込むことにより、 本来の魚の旨みを引き出しているということである。
しかしながら、 工場内で、 鮮魚のトロ箱が積まれ、 工場の中で、 魚の頭、 内臓除去、 血合い、 鱗、 皮などの処理作業が行われている姿はとても衛生的とは言えず、 むしろ、 業界のイメージアップにならず、 若い人材が定着しない要因でもあった。
そこで、 長年の準備段階を経て昭和 56 年に舞鶴水産加工センター協同組合の一員としての当組合直営加工場を立ち上げ、 組合員の必要数に応じて鮮魚を仕入れし、 生すり身の状態で組合員に供給することができるようになったのである。
しかも、 個々の組合員の工場では、 鮮魚処理の際に出る魚の血合いなどをそのまま、 舞鶴湾に流していたのを、 センターで共同で廃水処理施設をもうけることで、 舞鶴湾にきれいな排水を放流すこともできるようになった。
現在、 その練り製品に適した鮮魚の漁獲が激減しており、 舞鶴かまぼこの伝統を維持してゆくために色んな取組みをしているが、 魚が無くならない限りはこの製法を続けたいとの組合員の意志が強く、 現在も、 コストと効率と戦いながら、 生すりみの組合員への供給を続けている。
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懸賞論文 その4

(前号より続く)

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組合職員の起業家精神...... 研究室をつくる。

昭和 50 年代の中頃になると、 組合員の取引先も多種多様になり、 組合員の成長の契機ともなった生活協同組合との取組みについても、 当時、 安全安心に関して、 添加物や細菌などの知識のあまりなかった組合員にとって、 そうした技術面をサポートする仕組みが組合に必要ではあったが、 当時はなにをどうやっていいのかわからなかった。
そこで、 唯一、 大手の食品研究所に勤めた経験のある職員であった私が、 片手間で技術的なアドバイスをしていた時に、 「共同で検査研究ができる施設がないと、 組合員さんの生協との取組みができなくなる」 と思いこみ、 研究室の設立の必要性を組合員に呼びかけ、 組合員の賛同を得て、 小さいながら自分たちの検査研究施設を設立したのである。
少なくともその 10 年前は、 「かまぼこにネトが発生していても、 表面をお湯で拭いて食べればなんともない」 という話をされていた組合員が、 たった 10 年の間に一般生菌数がいくらいくらで.... 大腸菌群が..... 物性測定データは... などというある意味では専門的な話ができるようになったのは、 お互いに商売の為に取り組む中で、 熱意をもった組合員と事務局職員の切磋琢磨があったからこそに他ならない。
あとになって振り返れば、 おざなりの講演会を開催したりすることよりも、 組合員にとっては、 これが本来の組合の教育情報事業といえるのだと思う。
その後、 スタッフは、 専門的な職員を雇用するのではなく、 事務部門で採用した地元の高校を卒業した女子職員を地元の保健所に無理を御願いして何日か研修に行かせるなどして、 あとは経験でなんとかこなせるようにしている。
ありがたいことに、 組合員以外からも、 自主検査の依頼がくるようになり、 手数料をいただくことで、 組合の検査に必要な備品代の一部に充当することができるようになっている。
また、 原料冷凍すりみについては、 従来は国産のものがほとんどであったが、 ここ 10 年で海外生産と国内生産は逆転した。 それぞれの国情によって、 それぞれの海域によって違う
性質のすりみを買い付ける時代になると、 それなりの格付け、 品質検査が出来る研究室を持っていることは大きなメリットとなり、 組合の供給する原料については組合員が安心して使用できるようになったのである。
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懸賞論文 その3

(前号より続く)

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組合職員の起業家精神..... 販売事業をつくる。

まず、 昭和 50 年初期に事業が全盛だったころから、 やや前売りにかげりが出はじめた。 それは、 販売不振と、 従来顧客である零細小売店、 行商の衰退であった。
従来型の中小零細の組合員には、 余分に営業マンを雇用してまで、 会社を運営してゆくような気もなく、 昭和 50 年中頃になっても、 「美味しいものさえ造っとればそのうち売れるんだ」 という組合員の理念は変わらなかった。
しかし、 このままでは将来が危ぶまれると危機感を抱いた職員は、 組合員が行ったことのない都市部や組織に向かって自発的に営業をはじめたのである。
当時は 「職員は要らん仕事はしなくていい。 組合員にいかに安く原料を仕入れるかを考えていたらいいんだ」 という意見も強く、 舞鶴蒲鉾の為に一肌脱いでやろうという青年職員の志は多くの逆風に遮られたこともあった。
本当に最初は要らぬ仕事かもしれないと思うほど、 経費の割りに物が売れなかった。 しかし、 販売不振の中で、 時代の変わり目を感じた組合員もやがて出はじめ、 応援する組合員も徐々にではあるが、 増えてきた。
営業経験もなく、 市場の組織もなにも知らない職員が営業をしていったということで、 職員にとっては全てが勉強であり、 ゼロから出発した組合員の商品販売斡旋..... も、 紆余曲折があったが、 現在では1億円を超える事業になり、 次は数年内に2億円を狙っていけるようになった。
組合であるから、 組合員の商品の買い取り額に不平等が出たりして、 一部の組合員から非難を受ける場面もあったが、 結果的には、 どの組合員の商品であろうが売上げを増やすことが、 組合事業の活性化につながり、 ひいては組合員すべてに利益をもたらすということを信じて進んできたのがよかったのである。
また、 依然、 組合の柱となる業務が購買事業、 つまり、 共同仕入業務が主であった組合職員の意識変化も大きかった。
買いたたく、 仕入先を軽くあしらう.... 売ってやっている... などの態度は、 自らが営業に出て、 物を売り、 買っていただくという喜びと苦しみの中で、 洗い流されていった。
以来、 当組合の職員は入社するとまず販売事業の仕事から始めさせることにした....... 売る苦しみ、 買っていただくありがたさを身につけさせたい思いがあるからである。
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懸賞論文 その2

(前号から続く)
平成12年度全国商工中金の懸賞論文(組合の活性化をテーマにしたもの)に私が応募して見事、金賞に輝いた論文の一節である。

タイトル『組合事務局の中に芽生えた職員の小さな起業家精神』

組合事業も、 その事業の根本が統制経済の中でできあがり、 高度成長期には、 組合員の工場も工業化が進み、 パイを大きくして有利に原料を仕入れるという協同組合の役目がそれなりに果たされていったが、 1980 年代後半になると、 消費者、 小売など末端のニーズが多様化し、 共同化することで量のメリットを享受できた時代は終焉を迎え、 組合員への供給原料も、 より専門化、 より細分化されて、 量の結集によるメリットを完全に享受できなくなった。
同時に、 組合員も、 同じ原料で同じような物を造り、 同じような得意先に同じような売り方をしてやってこれた経営スタイルとも決別を余儀なくされた。
その中で、 組合から供給される原材料価格は安いという絶対的な信頼感で守られてきた砦が崩れ、 ややもすると組合員からの不満の声さえも出るような状況になっている。
物流構造も変化し、 従来は対組合に優先的に動いてきた取引先商社にとっても、 ものが売れない時代になり、 以前ならば相手にしなかったような零細な個々の業者単位での取引も可能にするくらい小回りをきかせるようになってきている。
こうした周りの環境を考えると、 まさに組合の意義を問われる時代になってきたと言えるであろう。
その変化の予兆は、 すでに 20 年も前からあったわけであり、 事務局としても、 組合活性化をめざした様々な取り組みを実施してきた。
まず、 組合員のニーズの徹底調査を行ない、 その中で職員としてなにが出来るかを真剣に考えた。 しかしながら、 新たな事をしてゆく際には、 かならず、 そこになんらかの投資が必要であり、 事前に調査をする費用も必要なわけである。
組合の力が弱まってからでは、 なにも出来ない..... 今の内、 今だからこそ... という思いがあったことも事実であるが、 なによりも有り難かったのは京都府中小企業団体中央会を通じての種々の助成制度であった。 しかも、 その助成制度の中で実施する内容については、 組合理事者が文句もいわず、 静観してくれ、 事務局に主導権を持たせてくれたのも幸いであった。
今になって思えば、 組合員の多数決ばかりで全ての物事を進めてゆく従来型の牛歩戦略では時代遅れになって、 現在のようなたくさんの事業は起こせなかっただろうと思う。
助成制度を利用して、 新たな事への投資に対するリスクを最小限度にもってゆきながら、
組合事業というものを少しずつ新たに創り上げるという何回かの試みの中で、 組合職員の中に、 何らかの起業家精神のようなものがかたちつくられていったような気がする。
共同購入や、 共同加工などが大きな大黒柱だとしたら、 張り巡らされてゆく梁のような事業をたくさん起こして、 組合の活性化につなげようというものである。
まず、 組合員の為の組合であるという基本的認識から生まれ出たこれらの新事業であるが、 そうして形成された事業そのものが、 新たな活性化の芽となってゆくことが必要であり、 そうでなければ、 せっかく興した事業もまた消えてゆかざるを得ない。
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懸賞論文 その1

平成12年度全国商工中金の懸賞論文(組合の活性化をテーマにしたもの)に私が応募して見事、金賞に輝いた論文の一節である。

(要 旨)

戦後の統制経済下でその骨組みができた舞鶴の蒲鉾協同組合も、 その後の組合員の工業化と市場の拡大により、 1980 年後半までは量のメリットを得た共同購入を中心に発展をとげていたが、 1980年代の後半からは、 消費者、 小売店など末端のニーズの多様化により、 細分化が進むと同時に量の結集によるメリットを完全に享受できない時代に突入し、 当協同組合も従来型組合としての限界点をいくつか露呈するようになってきた。
しかし、 その中でも早くから危機感をいだいた職員による悪戦苦闘によりいくつかの小さな事業ができあがっていったのである。
すべてのことが最初から組合員の絶対多数の支持を得てやってこれたわけではなく、 職員自体もリスクを抱えての事業構築であったが、 一つの事業の成功が引き金になり、 職員にもやればできるという自信がついたからか、 時には行政の助成制度を活用し組合員とのコンセンサスを取りながら、 次々と新しい事業を展開するようになってきた。
ここでは、 この 15 年の間に職員の起業家精神に基づいてできあがっていった事業について紹介する。
これら職員の前向きの姿勢は、 新たな組合組織への転換と飛躍の一翼になると信じてやまないのである。
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2007年8月13日 (月)

形は似てても違います。

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形は同じでも魚本来の旨みに欠けた(調味料の味だけの)かまぼこが多くなると消費者のかまぼこへの関心は段々と薄れてゆきます。
昔は、浜で水揚げされた魚でかまぼこ造りをしていましたから、季節によってまた、場所によってかまぼこの味が違い、それぞれに四季の魚の味が生かされていたようです。しかし今では、冷凍すりみが開発され、年中同じ原料を使ってかまぼこが造れるようになり、地域や季節ごとの特徴が薄れてきました。 冷凍すりみの開発がなければ、現在の漁獲ではとても広く消費者の皆様にかまぼこを供給することができなかったのですが、冷凍すりみは冷凍中の蛋白の変性を抑制するため(弾力を落とさないように)、糖類などを加えたり、色を白くするために、極度に水さらしをすることがある為、どうしても調味料で味付けする必要があるのです。 そういう意味では、冷凍すりみの開発は功罪両面を持っていたというべきでしょう。 現在では、常時鮮魚を原料としてかまぼこ造りをしている地区は全国でも数えるほどしか残っていませんが、舞鶴では、冷凍すりみだけに頼らず、現在も昔ながらの製法を残しながら近海の鮮魚を生すりみにしたかまぼこ造りを続けています。
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舞鶴のちくわ

Tikuwa_01舞鶴のちくわは、現在、数多く流通しているちくわとは形状を異にしており、ちくわの穴の大きいのが特徴です。舞鶴のちくわのルーツは「黒ちくわ」と「白ちくわ」という2種類のちくわでした。昔から、舞鶴は背中の青い魚(「イワシ」「サバ」「アジ」など)がたくさん揚る港であり、赤身魚を中心に作られたのが黒ちくわであり、白身の魚(「タラ」「カレイ」「コチ」など)を中心に造られたのが白ちくわでした。現在もその製法は受け継がれておりますが、黒ちくわは現在では「いわしちくわ」「あじちくわ」などと名前を変え、白ちくわは「鯛ちくわ」「竹ちくわ」などという商品に生まれ変わってきております。 特に舞鶴を含め丹後地区のちくわの穴が大きいのは、魚肉を焼いたときの香ばしさを引出すための先人の知恵だと言われております。魚本来の香ばしさを出す為にも、舞鶴では今日も、原料として鮮魚を使って製品造りをしております。

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2007年8月10日 (金)

舞鶴の揚げかま(=てんぷら)

舞鶴の天ぷらは、形は同じように見えても、味がまったく違います。「タチウオ」などの鮮魚を豊富に使っており、さっと火にあぶって大根おろしで召し上がると最高に美味しく感じます。 もともと舞鶴はでんぷらをおでんなどの鍋物として食べるよりも、生でご飯のおかずとして食べる習慣が強かったのも、天ぷらそのものの味わいを大切に考えてきたからに他なりません。 もちろん、鍋物にも使っていただくと、おでんなどのだしの味とうまくマッチしていてとてもおいしいです。
↓の画像の製造メーカーは株式会社嶋七です。
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2007年8月 3日 (金)

かまぼこ手形で油とり紙をゲット

舞鶴かまぼこ手形は、本物のかまぼこ板を利用した京都交通路線バス1日乗車券として、各方面から注目を浴び、特産品の舞鶴かまぼこのPRにもつながるとともに、発売以来多くの観光客に利用していただいております。
 このたび、利便性や魅力を高めるため、利用期間を通年に拡大し、販売場所を増やすとともに、8月4日の利用から、舞鶴観光協会と連携してスタンプラリーによる舞鶴グッズのプレゼントを行うこととしました。
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■舞鶴かまぼこ手形の利用期間等の拡大
【利用期間の拡大】
  現行  3月~11月末までの土曜、日曜、祝日
  今後  通年の土曜、日曜、祝日
【販売場所の拡大】
・市内のホテル、観光施設、観光案内所でも舞鶴かまぼこ手形を販売し、観光客の利便性の向上に資する。
 ・新しい販売場所:赤れんが博物館、舞鶴市政記念館、ホテルアマービレ

■舞鶴かまぼこ手形の特典の付与
・下記施設の2か所以上スタンプをためると舞鶴オリジナル「あぶらとり紙」をプレゼント
   赤れんが博物館
   舞鶴市政記念館・まいづる智恵蔵
   舞鶴引揚記念館
   舞鶴自然文化園
   ととのいえ
道の駅舞鶴港とれとれセンター
田辺城資料館
・プレゼント交換場所  東西駅前の京都交通チケット売場
・実施時期  平成19年8月4日から

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