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2007年11月 8日 (木)

かまぼこの原料、平成、そしてこれから

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昭和の終わりから、200海里問題が発生し、北洋で生産されていたスケソウスリミの生産ができなくなり、やがて、海外からの輸入品になってゆく。アメリカから、南米、ニュージランド、中国、ベトナム、タイ、インド.ヨーロッパへすりみの生産基地が広がっていった。  
現在、かまぼこの主たる原料は緯度の高いところに生息するスケソウダラなどの底が大半を占めているが、私がこの業界に入った頃から、200海里問題などで、原料の国際化が急速に進んだ。
当時は北海道の陸上すりみと、北洋にて操業していた洋上の母船(マルハや日水といった大手水産会社の船)で製造した洋上すりみの2種類を使用しておればよかった。
しかし、ジョイントベンチャーというものからはじまって、しばらくは原魚の洋上買い付けをしながら、それでも日本の工船ですりみを製造していた時期もあったが、やがて、日本の水産会社も操業ができなくなり、船を海外に売却してしまいダップと呼ばれる完全海外生産に移行してきた。それにともない、練り製品の需要もグローバルになり、生産国、消費国が国際化してきた。 北方系のスケソウダラ中心のすりみだけでなく、タイ、インドといった南方にもすりみ工場ができ、イトヨリ中心の冷凍すりみを輸入するようになった。”surimi”(すりみ)は今や国際語になっている。 私が就職した頃は、すりみはほぼ100%近くが国産であったのだが、20年たたないうちに、輸出と輸入が逆転してしまい、日本は伝統食品原料であるすりみに於いても輸入j国になってしまった。
中国、インドなどかつて新興国あるいは後進国といわれた国が、この数年で経済力をつけて、生産国から消費国に変貌している中では、こうした食料資源は世界中で囲い込みが進む影響を受けていくのではないかと危惧している。 これからまた、十年、二十年と経過すると予測もしていなかった状況になっているのかもしれない。 とにかく、記事を書いている現在に生きている私が考えることのできる範囲は案外狭いのかもしれない。
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